死期の時の告白って?

こんにちわ~今日も一日の終わり、今日一日も守られ、主に感謝です。天候も守れましたしね 昨日、聖書を味わいながら、自分が死ぬ時について、ふと思わされました。というのも、第二テモテ4章を味わっていて、その中でパウロが自分の死期が迫っていることを感じ、まるで遺言のようにテモテに託していたからです。☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○私はすでに注ぎのささげ物となっています。私が世を去る時が来ました。私は勇敢に戦い抜き、走る...

主は今生きておられる

こんにちわ~外はすごい雨、嵐、明日の朝には晴れないかなぁ。。。 さてさて、昨日、日曜日はイースター、イエス様が復活なさったことを記念する日です。で、イースターである昨日、礼拝での特別賛美で、この曲が賛美されました。  1、神はひとり子を世に送られ人々は主を「イエス」と呼んだ主は愛と、癒やしと罪の赦しのためにやって来られた神に背いて生きていた私の罪を赦され、あがなうために主は人として生き...

イエス様の内に留まることは

こんにちわ~今日もみことばの分かち合いです☆そして今回は前回の続き、「ぶどうの木とその枝」の箇所からの分かち合いです♪今回は今までと違う訳の聖書での分かち合いにします。実はね、新共同訳聖書が数年後(本当は先月発売って聞いてたんですけどね。。。)に販売する標準訳聖書(仮)のパイロット版を入手したので、それで分かち合いますね。ヨハネ15:4わたしの内にとどまりなさい。わたしもあなたがたの内にとどまる。ぶど...