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さあ、向こう岸へ渡ろう

新年明けましておめでとうございます

2017年、ついに明けました。今年、どんな年になるんだろう。。。

今、そのことを思い巡らしています。


今年、示されているみことばがあります。

マルコ4章35節からの箇所で、イエス様が弟子たちを連れて、ガリラヤ湖の向こう岸に渡ろうとしている箇所です。





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マルコ4:35〜41
さて、その日のこと、夕方になって、イエスは弟子たちに、「さあ、向こう岸に渡ろう」と言われた。

そこで弟子たちは、群衆を後に残し、舟に乗っておられるままで、イエスをお連れした。他の舟もイエスについて行った。

すると、激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水でいっぱいになった。

ところがイエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして言った。

「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思わないのですか。」

イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風はやみ、大なぎになった。

イエスは彼らに言われた。「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです。」

彼らは大きな恐怖に包まれて、互いに言った。「風や湖までが言うことをいくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」

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イエス様は「さあ、向こう岸に行こう」って言われました。

弟子たちはイエス様をお連れして、舟に乗り込み、ガリラヤ湖の向こう岸に向かったんですが、突然激しい突風が吹いてきて、舟は波をかぶって水いっぱいになりました。

漁師であった弟子たちでさえも、この突風にはどうすることもできなくて、思いっきりパニクっちゃいました。

恐怖でいっぱいだったんでしょうね。


でも、イエス様はこんな大変な時、なんととものほうで、枕をして眠っておられたんです。

弟子たちのここでの発言で、どれだけ弟子たちが恐怖心でいっぱいだったのかがわかりますね。

先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思わないのですか



恐怖でパニクる弟子たち、そして眠っておられたイエス様、すごく対照的です。

これ、天のお父様に信頼しきっているイエス様と目に見える現状を見ておろおろする弟子たち、この違いは大きいですね。


本来、弟子たちはイエス様がいるから大丈夫な筈です。

イエス様を見つめ、イエス様に信頼しているべきです。


ところが、彼らはイエス様じゃなくて、目に見える状況に翻弄され、結果パニクりまくりです。




イエス様は弟子たちに 「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです」って言われました。

弟子たちとイエス様、同じ空間におられるので、イエス様に対する信仰を持っていたら、こんなにあたふたすることはなかった筈です。



ぼくたちも同じですよね。

イエス様がおられるのに、まるで自分一人、ひとりぼっちのようにあたふたする。

周りの人の意見を聖書よりも重視する。

これ、この時の弟子たちと全く同じです。


そして、これ、ぼくたちの弱さなんですよね〜



2017年、 始まるにあたり、このみことばが示されたんです。

イエス様はぼくたちにも「さあ、向こう岸に行こう」って言われています。

向こう岸に行くまでには、突風や嵐が起こることが多々あります。

ある意味、その連続かもしれませんね。



でも問題は、そのとき、イエス様に信頼し、お任せするか、目に見える現状を見てあたふたするか、そのどちらを選び取るかなんですよね。



今年、2017年、イエス様が天のお父様に信頼しきっていたように、イエス様に信頼し、御手の確かさにゆだねる歩みをしてきたいなって思ってます。

でもそれも、自分の力で「イエス様に従うぞ〜〜〜!依り頼むぞ〜〜〜〜!」ってやるのはアウトです。

そうじゃなくて、イエス様に信頼し、内にいます聖霊に導いていただくべく、お任せするんです。



2017年、主よ、あなたの御手にすがり、あなたに導かれるままに導いてください。

キリストの弟子として、あなたが舟のとものほうで眠っておられたように、あなたの御手の中で休む歩みをしていけますように



今年もよろしくお願いします


でわでわ~

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