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救われたことの恵み

こんにちわぁ~

今日は青空、とっても気持ちいい一日でした~

やっぱ青空っていいですね、梅雨前だから湿気もないし、空気も気持ちいい

5月っていい月ですよね~



さてさて、話はがらっと変わりますが、今週の日曜日の話です。

今、礼拝でイエス様の十字架について学んでいます。

でね、今週のメッセージで、すごーーく心に残り、ずっと思いめぐらしていることがあるんです。


それは、救われるって当たり前じゃないんだなぁっていうこと。


ルカ23:39~43

十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と言った。

ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。

われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」

そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」

イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」



ふたりの強盗。イエス様を真ん中に、両脇に同じ十字架刑の受刑者がいます。

最初は二人共、心が閉じて、イエス様に対しても批判的だったでしょうね。

でも、きっとイエス様の祈りを間近で聞いていて、一人は心が変わっていったんでしょう。

彼はイエス様を信じ受け入れたんです、十字架上で。


でももうひとりは受け入れず、神の御子であるイエス様に向かって「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」って、周りの群衆や祭司長や律法学者と同じように、十字架から降りて、自分を、そして俺たちを救えって、イエス様を罵倒しています。


これって、一体なんだろうって思わされたんです。

片方は、イエス様を信じ受け入れました。

そして「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください」って告白し、お願いしています。

「あなたの御国」って、メシア的王国、将来起こる千年王国のことです。

その時、イエス様は再びこの地に来られ、王としてこの地を治めるんです。

その時、自分のことを思い出してくださいって、一人の十字架刑にかかっている人はお願いしたんです。

でもね、それに対してイエス様、「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます」って宣言されました。


パラダイスってどこでしょう?

なんか抽象的すぎてわかりにくいですね。

パラダイスって、ハデスと言って、日本語では黄泉と訳されています。

そこに死んだ人の魂は行くのです。


で、このシオール、黄泉には二つあって、一つは「アブラハムのふところ」と比喩的に言われている場所で、そこは義人、旧約聖書の時代に義とされ救われている人のいく慰めの場所です。

もう一つの場所は、暗闇の場所で、罪人の行くところです。


で、この信仰告白をした人は、アブラハムのふところの方、慰めの場所に行くんだってイエス様は宣言されました。

しかも「きょう」です。

そして、一人で行くんじゃなくて、イエス様と一緒です。


この人の願いは、千年王国の時にイエス様が王の位に着いた時に、自分のことも思い出してくださいってお願いしたのに対して、イエス様は「そんな遠い未来のことじゃないよ、きょうだよ」っておっしゃってくださったんです。


彼はイエス様とともにハデスの慰めの場所に行きました。

そして、イエス様が復活され、天に挙げられたとき、慰めの場所にいた人たちはみんな一緒に天に挙げられて、ぼくたちが天国って言っている場所に移されたんです。


一方、もうひとりの人はというと、ハデス行きです。

そこでもがき苦しむのです。

彼にはもう救いはありません。。。



イエス様をはさんで、二人の犯罪者の間は距離としてはほんのわずかな距離でした。

でも、二人の死後の運命はあまりにも違いすぎる。。。


あぁ、救われるって本当に不思議だし、すごいことなんだなぁって思わされています。

おんなじ受刑者なのに、ひとりは真横に神の御子であらられるイエス様、ユダヤ人の王として来られたイエス様がおられるのに心開かず、罵倒しました。

ところが、同じ受刑者で、もうひとりはイエス様を受け入れ、信じ救われました。

彼は謙遜にも、メシア的王国の時にイエス様が王としてお着きになったときに思い出してくださいって告白したのに、イエス様はなんと「きょう」、つまり、すぐにイエス様と共にハデスの中の慰めの場所に行くんだって言われました。


救われるって当たり前じゃないんですね。

救われたこと、イエス様を受け入れることができたこと、これは大きな大きな恵みなんだなぁってしみじみ思わされます。

でも、それと同時に、今もこのもうひとりの犯罪人や周りの群衆と同じで、こんなに素晴らしい福音を拒否し続けている人が大勢いるという現実です。


十字架って人の運命を決定するものなんですよね。

この十字架、そして復活の福音を伝えること、それはその人の永遠の運命を決することなんです。

そのことを思わされ、日曜日以降、そのことを思い巡らしています。


十字架の恵み、それは受難週やイースターだけじゃないですよね、日々の歩みの中で、救われたことは当たり前じゃないということ、神様に選ばれた恵みを感謝する歩みをしていきたいですね。


ハレルヤ、主よ、感謝します

でわでわ~


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