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ヨセフ的信仰生活への招き

こんにちわ~

今日も無事というか、今週も無事終えることが出来ました

主よ、感謝します


さてさて、ここ数日、神様に信頼するということ、このブログのタイトルでもありますが、神様の御翼の陰に隠れるということの大切さをひしひしと感じて、そのことを思い巡らしています。

でね、今朝、みことばを味わっていて、そのみことばからもそのことが示されました。


今朝は旧約聖書の創世記50章、創世記の最後の章なんですが、ヤコブが亡くなり、カナンの地で壮大なお葬式を上げたんですが、その後、ヨセフを恐れる兄たちと、そのヨセフとの会話のところを味わいました。

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
ヨセフの兄弟たちは、自分たちの父が死んだのを見たとき、「ヨセフはわれわれを恨んで、われわれが彼に犯したすべての悪に対して、仕返しをするかもしれない」と言った。
そこで、彼らはヨセフに言い送った。
「あなたの父は死ぬ前に命じられました。『ヨセフにこう言いなさい。おまえの兄弟たちは、実に、おまえに悪いことをしたが、兄弟たちの背きと罪を赦してやりなさい、と。』
今、どうか、父の神のしもべたちの背きを赦してください」
創世記50:15~17a
☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

これ、ヨセフの兄弟たちの一世一代のうそです。

だって、もしこれが本当なら、わざわざヨセフのお兄さんたちにこんなことを託さないで、自分で言ったでしょうしね。

ヨセフもそれがわかっていて、しかも兄たちの気持ちもわかっていて、悲しくなって泣いちゃったんです(50:17b)。

っていうのも、ヨセフはもうこのことを赦し、お兄さんたちを受け入れているのに、それを信じてもらえずに嘘までついて助けを求めているからです。



で、ヨセフはお兄さんたちに言いました。

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
「恐れることはありません。どうして、私が神の代わりになることができるでしょうか。
あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのために計らいとしてくださいました。
それは今日のように、多くの人が生かされるためだったのです。
私は、あなたがたも、あなたがたの子どもたちも養いましょう。」
このように、ヨセフは彼らを安心させ、優しく語りかけた。
創世記50:19~21
☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

ヨセフ、めっちゃ優しい~

お兄さんのことを完全に赦しているし、彼の言葉に愛を感じますね。


でね、ヨセフは「あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのために計らいとしました」って言っていますね。

ヨセフにとって、確かにエジプトに売られることってもの凄い悲劇ですよね。

しかもまじめに、そして忠実に仕えていた侍従長のポティファルの奥さんから誘惑を受けて、それから逃げたら、奥さん、逆ギレして、結果、ヨセフは牢に入れられて。。。

これだけを考えると、本当に本当に悲劇ですよね。

でもね、ヨセフはその悲劇に対して「神様がそれを良いことのために計らった」って言ってるんです。


ヨセフの言葉、これ、深いし真理だなぁって思うんです。

あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのために計らいとしました。


ぼくたちの人生もそうなんですよね。

ぼくもそうなんですが、目の前のことに一喜一憂し、不安になったり、恐れたり。。。

でもね、確かに今は苦しくても、悲しくても、絶望的に見えたとしても、それも神様は良いことのために計らってくださるんです。

その苦しみも、実は神様のご計画が遂行するために必要なことだったりするし、こういう状況の中で、神様はぼくたちに「わたしに信頼しなさい」っておっしゃっているんです。



ヨセフのお兄さんたち。彼らはまさにヨセフに仕返しされるんじゃないかってビクビクしていました。

それに対してヨセフは、神様のご計画の全貌を見ていたんです。

ヨセフがエジプトに連れて来られたことは悲劇だけど、彼がエジプトに売り飛ばされ、連れて来られた結果、神様のアブラハム契約は守られたし、イスラエルの民がエジプトに行く結果となったんです。

ヨセフはその神様のご計画の全貌を見ていたんです。だからお兄さんたちを恨むことをしなかったんですね。


ぼくたちもそうなんですよね。

目の前の現状に振り回される必要は全く無いんです。

サタンはぼくたちの心にネガティブな言葉を囁き攻撃をしかけてきますが、そんな嘘に耳を傾けちゃダメですよね。

ぼくも目の前のことに心を向けたりすると、どんどんと心がしぼんでいくような感覚になり、キューっと痛くなりました。

認めてもらいたいっていう安心感が欲しくなったり、愛されたいっていう愛情に飢えたり、弱さにサタンはつけこんできます。


でもね、神様はぼくのすべてを受け入れてくださっているし、イエス様は今、天において大祭司としてとりなし祈り続けてくださっています。

そしてぼくには聖霊の証印が押されているんです。イエス様の所有なんだよっていう。

その証印は消されることはありません。

そして将来も決まっています。

今は不完全であっても、将来、必ず栄光の姿に変えられるんです。

これはぼくたちがこの地上生涯を全うし、死んだ後ですけどね。



今は確かに不完全だし、今、問題は山積みです。

でも、この状況で終わるのではなく、このこともまた意味があり、神様のご計画はこの問題の山で押しつぶすことじゃありません。


今、ぼくたちが必要なのって、安心感です。

ぼくたちはイエス様の優しい御翼の陰に身を隠し、そこで養われ、主のご計画の全貌を見ることです。

そして、そのことを信じ信頼し、目を天に向けるんです。



ヨセフの信仰って、こういう信仰なんですよね。

そんなことをこの箇所を味わいながら思い巡らしました。


ヨセフ的信仰生活、お互いに送りましょうね。

鍵は問題の山からイエス様に目を移すこと


明日は礼拝。

神様のぼくたちに対する壮大なご計画に感謝し、心いっぱい、思いいっぱい礼拝しましょうね。

じゃぁね

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イエス様の祝福が豊かにありますように。

キリストの愛を込めて。。。


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