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雌獅子や烏を養う神様の愛深さ。。。

こんにちわ~ 

今日もみことばの分かち合い、しますね。


今、旧約聖書のヨブ記を味わっています。

ヨブ記38章から、神様が登場され、ヨブに語っています。

でも、ヨブの疑問に答えるのではなく、ヨブには不可能なことが出来るかという質問です。


それはみんな、ヨブのためで、神様の前ではヨブは何も出来ないし、そんなヨブが全能者である神様を、まるで法廷で告訴するような行為は愚か極まりないことだっていうことをわからせるためです。



で、38章38節まで、自然界の現象について、ヨブに質問をされていましたが、39節から39章の終わりまで、いろんな動物についての質問に切り替わります。

合計12種類の動物が出て来ますが、これはその動物に対する神様の愛であり、創造の御業の素晴らしさが綴られています。

そんな動物に対しても、ヨブは無知であり、何一つ出来ていないということが、この質問から突きつけられます。


ヨブ記38:39~41

お前は雌獅子のために獲物を備え、その子の食欲を満たしてやることができるか。

雌獅子は茂みに待ち伏せ、その子は隠れ家にうずくまっている。

誰が烏のために餌を置いてやるのか。

その雛が神に向かって鳴き、食べ物を求めて迷い出るとき。
 

お前は雌獅子のために獲物を備え、その子の食欲を満たしてやることができるか(38節)


お前ってヨブのことですよ。

「ヨブよ、お前には出来るのか?」って、ここで神様は質問を突きつけています。


ヨブにこれ、出来ると思いますか?出来ないですよね。

だって、雌獅子に対して獲物を与えるどころか、襲われる危険性がめっちゃあるので、雌獅子から避けているのが実際ですよね。

そんな獲物を与えようものなら、逆に襲われてしまう可能性がありますもん。


でも、神様は違います。

神様は雌獅子のために獲物を与え、若い獅子の食欲を満たしてくださるお方です。



誰が烏のために餌を置いてやるのか(41節)


これもヨブには不可能ですよね。

そんな、烏ために餌を与えることもないし、烏の子を養うなんていうこともありません。


烏の子って、親鳥から忘れられてしまうこともあるそうです。

でも、烏の子はちゃんと生きます。

それは、神様が烏の子を養ったからです。


雌獅子も烏も、私たち人間よりも劣っています。

でも、神様はそんな雌獅子や烏をも愛され、養い、育ててくださっています。


じゃぁ、ましてや私たち人間を愛さないなんて、養わないなんてありえないことです。

神様はヨブに決して無視していたのではないし、愛さなくなったのでもないというメッセージを語っておられます。


ヨブはこれまで、神様にどうしてこうなったのかと、自分の運命を呪い、神様に問いただそうとしていました。

でも、ヨブは何も出来ないし、神様の働きなどまったく理解していないです。

神様のなさったことも、何一つ出来ないです。

そんな神様の前ではヨブは沈黙するしかありません。



これね、ぼくたちもおんなじなんですよね。

だって、この質問、ぼくたちに置き換えて問うてみたらわかりますよ。

このようなことは出来ないです。


神様の愛の深さの前に何も言う資格もないし、沈黙するしかありません。


そんな愛でぼくたちを養ってくださっているんです。



ルカ12:24

烏のことを考えてみなさい。

種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。

だが、神は烏を養ってくださる。

あなたがたは、烏よりもどれほど価値があることか。




神様はご自分の子どものことを絶対に見捨てるようなお方じゃないです。

神様の愛は常に同じ。


心を開いて、神様に信頼し、優しい神様の御手の中で養われましょうね

試練のただ中にあっても、神様は決して忘れていないし、愛の御手を伸ばし続けています。


ぼくたちに必要なのって、「どうして」の祈りを止めて、「主の御手に信頼します」っていう祈りに切り替えることだと思うんです。

って、自分に言い聞かせている部分もあるんですけどね


さぁ、ご一緒に主の優しい御手の中で安息しましょう



祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。


でわでわ~


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