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キリストの優しい風

キリストの優しい風に吹かれ、自由に導かれ、癒やされ、変えられていく幸せをあなたと。。。

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たとえそうでなくても

こんにちわ

数日前、Twitterにアップしたんですが、最近「たとえそうでなくても」っていう賛美を聴いています。


この賛美を聴きながら、ほんとにそうだなぁってしみじみ思われるんです。

どうしてそうなんだろうって思ってしまうことってありますよね。
自分が思い描いていた人生と違っていたり、未だトンネルの中だったり。。。

時々思うんです。
あぁ、「どうしてこうなんだろう。あの時ちゃんとしていたら。。。」
「どうしてこんなに先延ばしにしちゃったんだろう。。。」
過去に戻れるならなぁ。。。みたいな、そんなことをふと心によぎることがあるんです。

でもね、過去にはもう戻れないんですよね。
そして、これもまた神様の御手の中でのことなんです。
主の許しの中で、今置かれているんです。

自分がどうであれ、主はすばらしい。主はよきお方です。
ハレルヤ

そして、神様はぜったいにぼくたちを見放さないです。
主の御手に信頼することなんです。


このことを思い巡らしている中で、一つのみことばが心に響きました。
それは、第二テモテ2章11~13節です。

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
次のことばは真実です。
「私たちが、キリストとともに死んだのなら、キリストとともに生きるようになる。
耐え忍んでいるなら、キリストとともに王となる。
キリストを否むなら、キリストもまた、私たちを否まれる。
私たちが真実でなくても、キリストは常に真実である。
ご自分を否むことができないからである。」
☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

そうなんですよね。私たちが真実じゃなくても、イエス様は常に真実なんです。
主はよきお方です。


☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
私は裸で母の胎の中から出て来た。
また裸でかしこに帰ろう。
主は与え、主は取られる。
主の御名はほむべきかな。
ヨブ記1章21節
☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

主は与え、主は取られる。
主はよいお方。常に真実なお方。
いつも主を賛美し、感謝する者でありたいです。

ハレルヤ、主よ、感謝します

じゃぁね


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