FC2ブログ
みのみの

いつも喜んでいられる秘訣

こんにちわ

今朝からずーーっと思い巡らしていたことがあり、そのことを分かち合いますね。

みことばの分かち合いです。

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
いつも主にあって喜びなさい。
もう一度言います。喜びなさい。
あなたがたの寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。
主は近いのです。
何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守ってくれます。
~ピリピ4:4~7~
☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

いつも喜びなさい

パウロはピリピの教会の兄弟姉妹に「いつも主にあって喜びなさい」って言っています。

でもね、この時のパウロって、とてもじゃないけど、喜べるような状況じゃないんです。

っていうのは、パウロはこの手紙を書いている場所は、どっかリゾート地とかじゃないです。

幸せな時でも、絶好調な時でもないです。

獄中、つまり牢屋の中です。
洞窟の一番奥の部屋で、光も入らないし、しかも足には足かせをはめられ、自由も奪われていました。

そして、鞭打たれ、体中傷だらけでぼろぼろ。。。

きっと痛みと苦しさで息も絶え絶えだったんだろうなって思います。

とてもじゃないけど、喜べるような状況じゃないですよね。

そういう中で、パウロは「喜びなさい」って、ピリピの教会の人たちを励ましてるんです。


この箇所を味わいながら、ずーっと「喜び」っていうことについて思い巡らしています。

パウロは牢獄で、体の痛みに苦しみながら、そして不条理な状況においやられている中、愚痴ることもなく、泣くこともなく、喜んでいたんです。

だって、使徒の働きを見ると、パウロはシラスと賛美してたっていうことが書かれているんです。

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
真夜中ごろ、パウロとシラスは祈りつつ、神を賛美する歌を歌っていた。ほかの囚人たちはそれを聞き入っていた。
~使徒16:25~
☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

喜ぶことって、状況とかと全然関係ないんですよね。


主にあって喜びなさい

「主にあって喜びなさい」ってパウロは言っています。

どんな状況でも喜べる秘訣、それは「主にあって」です。

ぼくたちは目の前の状況を見て、落ち込んだり、不安になったり、愚痴ったりします。

でもね、パウロは明日死刑になるかもしれない、いったいどうなるのか、そういう緊迫した状況の中で、真夜中、主を礼拝していたんです。

彼は、目の前の状況じゃなく、イエス様を見つめていたんですよね。

彼の目は、いつもイエス様を見つめ、内におられる聖霊様に励まされながら、この状況の中でも主を心から礼拝し、喜ぶことが出来たんです。


主は近い

パウロは「主は近いんです」って言ってます。

これはもちろん、イエス様が再び来られる日は近いっていう意味もあると思います。

でもね、それと同時に文字通りに、主は私たちの極近くにおられるんだっていう意味でもあると思うんです。

パウロはコロサイ人への手紙1章27節でこう言っています。

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
この奥義が異邦人の間でどれほど栄光に富んだものであるか、神は聖徒たちに知らせたいと思われました。
この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。
☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

イエス様は私たちの内に住んでおられるんです。

ね、ほんと、「主は近い」ですよね。


イエス様がうちにおられ、すべてを知っていてくださっている

イエス様はぼくらの内におられます。

そして、ぼくたちの何もかも、そう、いいことも悪いことも全部知っておられます。

心の奥底にあり、人にはぜったい知られたくないことも何もかも。

イエス様から隠し通せることなど、なんにもないし、不可能です。

でも、イエス様は決して私たちを責め立てるようなことはしないし、見捨てるようなこともしません。

それこそ、家族間でも、夫婦間でも、だれにも知られたくないこと、それこそ墓場まで隠して持って行きたいって思ってることを知った上でです。

だから、そうなんですよね、思い煩う必要なんて何一つないんですよね。

聖書は何度も何度も「恐れるな」って言っていますしね。


何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

イエス様に何もかも知っていただける恵み、そしてそれを全部優しく受けとめてくださるお方、それがイエス様です。

イエス様に知られている、これは本当に大きな大きな喜びです。

まさにすべての理解を超えた神の平安、そのものですよね。

この神の平安が私たちの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくださるんです。

ハレルヤ!

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
いつも喜んでいなさい。
たえず祈りなさい。
すべてのことにおいて感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。
第一テサロニケ5:16~18
☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

 

ずーっとこの賛美が頭の中でぐるぐるぐるぐるリピートし、無意識に口ずさんでいました。

パウロが命がけで、時空を越えて、今「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言うよ、何度でも言うよ、喜びなさい、喜びなさい、喜びなさい」って語っているんだなぁって強く感じました。


愚痴ったり、自分を責めたり、思い煩うんじゃなく。。。

文句言ったり、愚痴ったり、状況を愚痴ったり、自分を責めるんじゃなく、それこそ思い煩うんでもなく、喜んでいたいですね。

それはバラエティ番組を見たりする喜びとは次元が違います。

たとえ状況が最悪であっても喜んでいられる喜び。

それは私たちの内におられるイエス様にある喜び、聖霊様が私たちの内に、すべての理解を超えた神の平安、あらゆる人知を超えた神の平和で私たちを満たす喜びです。


明日も私たちのうちにいますイエス様を味わい、聖霊様に満たされ、導かれ、人知を超えた神様の平和で満たしていただきながら歩めますように


いつも喜んでいましょうね。

聖霊様と愛の交わりを持ちながら。。。

じゃぁね                   

関連記事
 
ご訪問下さり、お読みくださり、
ありがとうございます。
心から感謝します。
気軽に「拍手」
励ましのコメントも
くださいね

そして、Twitterをやってます。
こちらからお越しください。




それと、応援の意味を込めて、
ポチお願いします♪

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教 福音派へ

イエス様の祝福が豊かにありますように。
キリストの愛を込めて。。

みのみの
Posted byみのみの

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply