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2021-06-05 (Sat) 01:33

神様のご計画の確かさ

こんにちわ
今日も無事に一日が終わりました。
残すところあと1日。主の守りに感謝します

今日はみことばの分かち合いをしますね

父ヤコブは行った。
「おまえたちは、すでに私に子を失わせた。ヨセフはいなくなり、紙面もいなくなった。そして今、ベニヤミンまで取ろうとしている。こんなことがみな、私にふりかかってきたのだ。」
創世記42:36

創世記のヨセフ物語。
今、デボーションでヨセフ物語を味わっています。

その中で教えられるのは、神様のご計画の深さ、そして神様の時を待つということ。

今回の箇所もそういうことが教えられました。


ヤコブ一家の住んでいる地域は大飢饉となり、食料がなくなってしまいました。
そんな中、エジプトの地に食料があることがわかり、ヤコブの息子たちの内10人がエジプトに行きました。

そこで待っていたのが11番目のヤコブの息子ヨセフ。
ヨセフは奴隷としてエジプトに連れて行かれたのですが、なんとエジプトの王であるファラオの次に偉い地位にまで上り詰めたのです。

そんなことを知らないヤコブの息子たち。
彼らがエジプトに着くと、権威に満ちたヨセフが彼らに厳しいことを言いました。
「お前たちはエジプトを探るために来た回し者だ!!!」って。

ヨセフのお兄さんたち、そう言われたのがヨセフだとは全く気づいていません。
なのでヨセフに頭を下げ、下手に出ました。

こうしてかつてヨセフが見た夢が現実となったんです。

ヨセフは彼らに言いました。
「こうすればおまえたちが正直者かどうか分かる。おまえたちの兄弟を一人、私のところに残して、飢えているおまえたちの家族に持っていけ。そして、末の弟を私のところに連れて来い。そうすれば、お前たちが敵の回し者ではなく、正直者だということが分かる。そこで私はお前たちの兄弟を渡そう。そうして、お前たちはこの地に出入りができるようになる。」(創世記42:33~34)

そのことをヤコブに告げたら、ヤコブは動揺し、恐れと悲しみでいっぱいになったんです。

しかも、息子たちが持ち帰ってきた食料の袋を開け、空にしてみると、なんと袋の中に食料を買うために持参したお金が袋に入って入っていたんです。

それでもう恐れでいっぱいになって、ヤコブは上のみことばを語ったんです。

ヨセフはもう死んだと思っていて、捕虜として捉えられたシメオンも失ったと思いました。
その上、もし末の息子ベニヤミンをエジプトに連れて行ったら、ベニヤミンも間違いなく失うことになるって固く信じたんです。

長男ルベンが、もしベニヤミンを失うようなことがあれば、自分のふたりの子どもたちを殺してもかまわないって言ったんですが、それでも頑として拒否しました。


ヤコブの気持ち、わかります。
だってね、最愛の自分の妻から生まれたヨセフ、大事に大事に育てたヨセフ、ヤコブの中では野獣にかみ殺され、死んでしまったと思っています。
そして、レアから生まれたシメオンも捕まって、ヤコブの手から離れ、もう戻ってくることはないだろうと諦めています。
しかも、払った筈の銀貨がエジプトから持って来た食料の中に入ってるっていう怪奇現象が目の前で起こったんです。
恐れでいっぱいになり、心がぎゅーっと固くなり、最愛の妻からの子であるベニヤミンは手放してなるものかとなってしまったんです。

そうなりますよね。
ヤコブの心はぼろぼろです。

人間的に見たら、そうなんですが、でもね、神様のご計画は全然違ったんです。
そして神様は着実にご自身のご計画を遂行されていたんです。
それは、イスラエルを救うこと、エジプトに連れて行き、その地で増やすことです。
神様はヤコブとその子孫の祝福のため、ヨセフを用いて働かれていたのですs。


人間的に歓迎出来ないこと、まさにこれですよね。
神様のご計画などつゆ知らず、恐れに満ち、心が固くなってしまったヤコブ。

同じように、ぼくたちも「どうして?!」って言いたくなる理不尽な状況に追いやられることがあります。
傷付けられたり、不安の中に落ちてしまったり。。。

でも、それは神様の御心の中、ご計画の中であるっていうことが多いんです。
もちろん、意地悪で私たちを苦しめたり、試練の渦の中に落としたりするようなことはないです。

でも、あえてそれを許されるんです。

それはね、私たちが神様に信頼し、神様を試練のただ中で見上げるようにって。
神様は御手を私たちに向けて手を伸ばされているけど、私たちが状況に翻弄し、目の前のことしか見えてなかったら、その御手が目に入らず、右往左往するだけです。

私たちは、神様はいつも最善を行われるお方であることを信じ、信頼し、どんな問題よりも大きくて偉大なイエス様を見上げ続けることなんです。

試練のど真ん中で、主の御手の確かさに信頼出来るなら、たとえ状況は苦しくても、そのただ中で平安が与えられます。


6月、どんな月になるのかわかなんないけど、でも主に信頼し、主を見上げる月としていきたいです。

とりあえず今日はこの辺で。。。
じゃぁね
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最終更新日 : 2021-06-05